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英語学習室(2-1)シンタックス法4 Simple
is Best (2) より
英語は社交 ダンスで、日本語は盆踊り
英語と日本語を話し言葉で比較すると、同じ内容を持つ情報では、前者のほうが時間的にうんと短くなります。別
な言い方をすると、同じ時間内で比べた場合、英語のほうが日本語より圧倒的に多くの情報を伝えることができます。英語は、文法のみならず、音法までが合理的にできているのです。
では、疑問詞の where を例にとって、まず最初に「何がどこにあるか?」をたずねる例文で上記した英文の傾向を見てみましょう。ついで、関係詞としての
where のあり方も見てみましょう。
(a) Where / is the
bus stop ? (2-9)
(b) Where / 's the nearest bus stop ?
(2-7)
(c) Can you / tell me
/ where / the nearest bus stop is
?
(d) Can you / tell me
/ where / the nearest convenient
store is ? (2-9)
(1)と(2)は「どこに/ありますか/(一番近い)バス停が?」と聞いています。(3)では「できますか/私に教えることを/どこに/一番近いバス停が/ありますか?」という順序になっています。
一方、日本語では「(この)近く(のどこ)に/バス停(が)/あります(か)?」と聞きます。実際の会話では「この」はたびたび省略されますし、「のどこ」は言いません。また、「バス停」と「あります」の間にはむしろ助詞の「が」がないほうが話し言葉としてすっきりします。
また、疑問文では「ありますか」の「か」が疑問符(?)の代わりを務めますが、日常会話ではこれを省略して、英語式に語尾を上げるイントネーションによって疑問形を作ります。日本語は微妙な部分に細則があって、外国人が正確な日本語を話すのは難しく、日本人でも日本文を誤読しないように作文する
(書き言葉) には相当な熟練が必要です。
両者の大きな違いは、英語では where がこの文の主役を務めていますが、日本語では「どこ」という疑問代名詞を省略できるという点です。つまり、英語は大切な情報を先に告げる構造になっていて、wh
疑問文では wh 疑問詞から始まり、まさにその語自体が全文をリードしています。
日本語は単語と単語が助詞のテニオハで結ばれて文を作る“膠着言語”ですが、使用頻度の高い語順では、しばしば助詞が省略されますし、外国人が助詞を抜かして「わたし(は)ごはん(を)食べます」と言うべきところを( )の中の助詞を省いても意味を汲み取れます。しかし、「わたし(を)ごはん(で)食べる」などと間違えた助詞を使われると、わけがわからなくなります。助詞は省くことが可能であっても、間違えると意味がわからなくなりかねない品詞です。
日本語に比べると、英語は“孤立言語”ですから情報量を増やすとき、ほぼ“足し算”していけばいいことが(1)〜(3)の関係でよくわかります。ただし、語順方式ですから、単語の並び方が厳密に定められているため、一部に語順の変化が生じます。
さて、英語と日本語のもうひとつの大きな違いについて、世羅洋子氏は“社交ダンス”と“盆踊り”に喩えます。前者が「いきなり」さっと足を踏み出して踊り出すのに対して、後者では動き始める前に「チョチョンガチョイ」といった“間”があってから足を踏み出します。フェンシングでは呼吸と同時にすぱっと剣が伸びてきて、先制攻撃を仕掛けるほうが有利なようですが、剣道では“後の先”がしばしば“先手”を制します。力を抜く前に、左の親指で鍔を「カチッ」とはずして柄に右手を添える“間”が日本語の話し方とよく似ています。
ですから、英語をぼんやり聞いていると、気づいたとき、相手が言い終わっていることがよくあります。英語はまるで百米ダッシュのように、ぱっとスタートして瞬時に走り終えるような言語です。日本語が話される前に微妙な“間”がある現象は、テレビで放映されるハリウッド映画を主音声(吹き替えの日本語)から副音声(英語)に切り替えたとき、すぐにそれとわかります。
そこで工夫されたのが(3)(4)の“Can you tell me 〜 ?”です。この一節があるため、相手に耳を傾ける心の準備ができるわけで、初対面
の人にとってはこれが人間関係を調節する“枕言葉”になっています。なお、この2つの文は複文で、where
が疑問詞から関係副詞(関係形容詞と見なすほうがわかりやすいかも)に変化するため、SとVの語順が疑問文とは変わってきます。
ともあれ、日本語の話し言葉でめったやたら省略が多くなる理由は、文が長くなって、息つぎができず、リズムが壊れるから、と断定していいでしょう。主語の省略には話し手の“責任回避”という意味合いがあるものの、音節(シラブル)1個の‘I’に比べて、3音節の「わたし」はいちいち言ってられないという意味がなくもありません。もっとも、自己主張の強い日本人なら「俺」を連発します。
日本語は音則的に1音節が原則として<子音+母音>から成るので、だらだらと長くなりやすいため、単語そのものを短縮させるのがお家芸になっています。「バス停留所」を「バス停」と言っても、まだ4音節もありますが、bus
stop は2つの単語で2音節しかなく、余裕で the を加えられます。また、convenient
store(6音節)を片仮名にすると10音節の「コンビニエント・ストア」になるので、「コンビニ」と縮めて4音節にしています。音節上、日本語は長い文になりやすいだけに、常に“音の省エネ化”の洗礼を受けているのです。
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