■英語のスピーチ文の暗記法
2006.11.2(木)
私は60歳から本格的に英語学習を始めたが、68歳で初めて70余名のアメリカ人の前で英語の挨拶をすることになった。のちのちの参考のために、私が感じたことをそのまま書き留めておく。
68歳ともなると、発声に使う口の筋肉が衰えてくる。しかも私は総入れ歯だから、短い文ならいざ知らず、長くなると速く話せないので、ゆっくり話すことを心掛けている。
60歳からの英語学習は、20代の若者と比べると、口から無意識に出てくる文型を脳に叩き込むのに30倍以上の労力が要る。残りの人生が少ないのに、練習する時間がとても少ないため、自分が使いこなせる文型を絞り込んで、脳の反応に合わせて、考えるゆとりを持ちながら話す訓練をしている。ところが、自分が練習していない文型を聞くと、瞬間的に反応できない弱点が生じる。とはいっても、私はこの学習法の発案者のひとりだから、知らず知らず身についた部分はある。
60歳を過ぎると、新しい単語がなかなか覚えられない。私は英語の語源の本の編集者を務めた経験があるので、ギリシア・ラテン語系の単語は多く知っているけど、ゲルマン語系のとくに子供が使う言葉は十分に知らない。映画を見るとき困るのは、児童語・俗語・熟語の類で、いわゆる英語文化圏に根付く単語に弱い。成人映画なら俗語や熟語以外の全部の語を知っていることもままあるが、子供向けの『オズの魔法使い』などを観賞するときはランダムハウスを横に置く必要がある。だから、スピーチに使う単語は、すべて使い慣れたものに限定すべきと考える。
中学・高校時代の私は、英語を人並み以下にしか勉強しなかった。英語なしに大学受験ができないと知って、2年間の浪人生活の間に人並み程度の英語力(?)をつけたと思う。社会人になったら、すぐに実用英語が必要になったが、ヨーロッパ人やアジア人との取引きでは意味さえ通じれば問題は起こらなかった。
沖縄の本土復帰後、あれやこれや急にアメリカとの関係が生じて、40歳を過ぎてロサンゼルスでビジネスを展開することになった。うすうすわかってはいたが、そのとき自分の英語が英米社会でまったく役に立たないことを1カ月もしないうちに悟った。そこで、台湾の友人の王博雅氏が数年前にロスに引っ越していたので、私たち2人は英語学習法を模索しながら、自分たちが生徒になって、いろいろな人から教わったけれど、どのひとつも身につかなかった。
私たちが日本人に向く英語の教え方をやっと探しあてたとき、私は帰国の途についていた。会社で期間限定の英語教室を開き、当社の指導法を小学生以下の子供たちを対象に3年間ほど試した。その効果は、彼らの高校受験や大学入試センター試験の成績の高さで知ることになるが、私自身は多忙すぎて、この英語学習法の恩恵に浴する機会はなかった。子供たちが「音と語と文」の3つをそれぞれ三脚の1脚ずつと見なして多角的に練習する様子を見ながら、一にトレーニング、二にトレーニング、三・四がなくて、五にトレーニングということがわかっていたから、第一線から退く60歳の誕生日を迎えるまで私は英語学習に手を出せなかった。
そんな私がハワイで開催される「イベントでの挨拶を英語でお願いする」と頼まれた。恥をかくのは誰だって好きではないだろうが、失敗は次の成功につながると考えて、二つ返事でお引き受けした。厚かましかっただろうか?
私は自分の言葉で原稿を作り、それを覚えたつもりでいた。日本語より英語のほうが暗記しやすい。なぜなら、英語の話し言葉は文頭に“Well,
〜”“Um, 〜”“You know, 〜”“Oh, 〜”“First of all,〜”などの言葉をよく使うので、その種の言葉をそれぞれの文頭に適当に配置しておけば、その文頭語を言えば、そのあとの覚えた一連の言葉がすらすら出てくる。
司会者の“Aloha”という挨拶を耳にしながら、ここはハワイだから“Good morning
and aloha.”と言うべきか、などと覚えたはずの文を作り直していたら、急遽、順番が変更されて、私は司会者の直後に壇上に立たされた。私が話した内容は聞き手に伝わっていたけれど、自分では流暢に話せなかったと思っている。ネイティブ・スピーカーでない悲しさゆえか、出だしの言葉を変えただけで、あとのリズムが狂ってくる。英語は母国語でないのだから、色気を出してはいけないと反省した。
(藤田修司)