■英教育・過去の怠慢を問わない社会の英語力

2008.2.29(金)

 去る2月16日、北海道の新千歳空港で滑走路に着陸したばかりの旅客機に向かって、別の旅客機が離陸しようとして滑走を始めたところ、それに気付いた管制官がすぐに離陸機にストップの指示を出して、なんとか緊急停止を間に合わせ、正面衝突の惨事を避けられたとする報道があった。なんでも管制官の言葉をパイロットが勘違いしたことが間違いの原因だったとか。
 NHKのアナウンサーがニュースを読み上げている途中、その報道に気付いたため、残念ながら前段部分で放送された詳しい内容を聞き漏らした。テレビの画面に目を向けたとき、管制官が告げた“expect immediately take off”という言葉の expect をパイロットが聞き落として、“immediately take off”と聞いたため、「ただちに離陸せよ」という離陸許可が出たと勘違いしたらしい、とNHKは説明していた。つまり、出発機が到着機のいる滑走路から飛び立とうとしたというお粗末な一席であったが、expect の最初の母音を日本語の「エ」で言う癖があると、この語を「エクスペクト」と認識して、英語話者の短く発音する expect を聞き取れない可能性は大いにある。
 翌朝の『讀賣新聞』を開くと、管制官の指示は「ただちに離陸できるよう準備せよ。着陸機が滑走路を走行中」という翻訳文が紹介されていたが、この記事を信じると、パイロットが百パーセント悪いことになる。しかし、両人は日本語ではなく、英語で交信しているわけだから、その録音テープを分析せずして、言葉の中身について迂闊なことを評論できるはずもない。英語と日本語はまったく異なる言語だから、日本語で英語を解釈しようとすること自体に問題がある。
 関連記事の35面も読んだが、誌面を大きく割きながら、肝心の英語による交信部分は、わずかに管制官の「ストップ、イミーディエトリー」だけしか紹介されていなかった。もしテレビを見ずに、新聞だけを読んだとしたら、読者は誤報を受けた可能性がある。
 とは言え、パイロット側が聞き間違えたと推測せざるを得ない面がある。“immediately take off”という表現がないわけでもないが、ふつうは“take off immediately”と動詞を副詞に先行させて言うほうが自然な表現になる。“take off immediately”というフレーズは、緊急事態での離陸を促す場面で使う言葉だから、強い口調で叫ぶに違いなく、パイロットがそんなシチュエーションを聞き違えるはずはなかろう。そもそも管制官がパイロットに向かって命令文を使うはずはない。
 沖縄に住む米空軍あがりの連中に訊ねると、日本人パイロットの操縦技術は総じて優秀で、安全性における心構えも抜群にしっかりしていると評する。ただし、彼らの英語力は国際的水準からすると決して高いとは言えず、わが国の国内線で管制官とパイロット間で交信される英語は、やや変則かもしれないと口ごもる。
 航空管制で使用される英語には、哲学で使うがごとき曖昧な概念の言葉は入り込めない。大雑把に言うと、「行為に関する表現」が大半だから、いうなれば「限定英語」に属する類の言葉で、買物などで使う表現をちょっとだけ複雑にした英語と見なして、当たらずと言えども遠からずと言ったところかも。
 限定英語であれば、英語の基礎があるパイロットたちには、手に負えない難解なパズルにはならない。英語の発音を基本からやり直して、航空管制用のフレーズを耳にしみ込ませるだけで、現在たびたび聞き違いしている管制官の言葉を正確に聞き取れるようになるに違いない。
 パイロットたちの英語教師は、(1) 航空の仕事の経験者で、(2) 英語話者なみに英語を理解して、(3) 日本語もわかって、(4) 語学者級の言語の分析力を持たなければならない。航空管制の現場で使用される英語を徹底的に研究する能力が必要だからだ。そんな人材を当社が知っているくらいだから、過去にも掃いて捨てるくらいいたに違いない。では、なぜ登用されないのだろうか?
 わが国は bureaucracy(官僚主義)社会だから、大手航空会社は天下りしてくる役人に支払う人件費をたっぷり用意させられるため、その反動で乗務員も整備士も疲れ果てるまで働かされて、気持にゆとりが持てなくなっている。管制官は身が粉々になってパニックに陥っている。
 英語教育に回せる予算は、天下り役人の1人分の人件費にも達しないはずだが、それに気付かないのだろうか?関係者には近い将来もしかしたら大惨事が起こるかもしれないと予測する力がないのだろうか?
 現場で働く管制官・パイロット・整備員たちは、そんな事情を百も承知で、はらはら緊張のしっぱなしの毎日を送っていると聞く。もし大事故が起きても、わが国は「過去の当事者が何もしてこなかった怠慢の罪を問われる社会になっていない」から、もし不幸に遭遇したら、運が悪かったと諦めるしかない。
 2月22日、福岡空港の管制官がヘリコプターに許可した離陸の指示をアシアナ機が自機に出されたものと勘違いして、やはりあわやという場面だったとか。近年、この種の記事がやけに多くなっている。

(藤田修司)