■「ハロー・イングリッシュ」より(5)
生兵法は怪我のもと
2002.7.2(火)
東後勝明教授の講演後、「子供の英語教育を考える」と題したパネル・ディスカッションが行なわれた。主婦がパネリストのひとりに選ばれていて、彼女が母親の立場からわが子との英語学習体験を語ったものだから、オーディエンスの母親たちがわれもわれもと手を挙げて、いきおい質疑応答の時間が彼女たちの体験談を語り合う進行となった。
そのとき、母親たちの口から「PV法」と「フォニックス」という言葉が8対2くらいの比率で出てきたが、前者は沖縄県以外の他府県なら一度も出てこなかったかもしれない。現在、PV法という言葉で通用している地域は、じつは山口県と沖縄県の一部の地域しかないからだ。
山口東京理科大学の島幸子教授は山口県宇部市でPV法の普及に孤軍奮闘の努力をしてきたひとりだが、彼女は2年前に「地域で進める子供の外国語学習」(通称ハロー・イングリッシュ)の長を務めることになり、小学校での英語の補助教員(JTE)として働くことを希望する人たちに対して、PV法を軸にする授業の進め方を指導する羽目になった。
その後、文部科学省の予算が実行されて、ハロー・イングリッシュは宇部市で千数百人の生徒を集めて、小学校で実施することになるはずの模擬授業が実験した。
そのおかげで宇部市のハロー・イングリッシュに所属する全員がPV法の名を知ることになったものの、なにせ時間不足のため、いまだPV法を正しく理解するに至っておらず、JTEたちの間ではフォニックスとの混同が続いているようだ。
PV法を本当に理解できれば、フォニックスは無視してかまわない代物だから、この単語が口から出てくるはずはないのだが、現状はPV法をフォニックスの一種だと思い込んでいるふしがある。とはいうものの、PV法の名をハロー・イングリッシュの面々に浸透させたのは島教授の功績である。
パネル・ディスカッション中、PV法という言葉が何度も出てきたあと、母親のひとりが「PV法を基準にして教えると、教えやすいし、子供たちも理解しやすいようです」と発表したとき、東後教授が急に真剣なまなざしになった。
教授は「私はこれまでPV法の名前も聞いたことがなかったし、PV法にしろ、フォニックスにしろ、海の向こうの人が考えたシステムだから、日本人には合わないだろうと思って深く研究したことがなかったけれど、教育現場でそんなに効果が出たのなら、東京に帰ってから研究してみましょう」とコメントされた。
島教授がPV法に関する自分の訳書を東後教授に献本していたはずだが、ようやく日の目を見て、またひとりPV法を認知する人が増えるかもしれない。牛の歩みに似たノロノロ活動だが、下手な妥協をせずに、地道にPV法を普及していくべきと確信している。
ともあれ、PV法はおいそれと身につくものでない。本場アメリカでも一般の先生方にPV法を教えることのできる指導者は、ナジャカ先生のほかにもうひとりくらいしかいない状況で、ハロー・イングリッシュの中では島教授がその任に当たり、民間では世羅洋子氏が自らの経営する英語学校(YES)で教えているものの、ディスカッションでの母親たちの発言から推測すると、PV法の絶大な威力がまだ十分にわかってないようでもある。
昨今、企業を取り巻く環境はますます国際化され、英語なしで営業が成立しない局面が多くなってきたが、一方、母親たちの生活感覚では「英語を使わなくても、生活の不便を感じていない」わけだから、彼女たちにとっての英語とは、わが子の周辺にまつわる受験のステップのひとつにすぎない。
そのため、上の子のときは学校にまかせて受験に失敗したので、下の子は自分が面倒を見ようと思っているなどといった英文科出身のお母さんからの発言が出て、コップの中だけで交す狭い話になってしまう。受験英語なんて、方法論さえ身につければ容易に攻略できるもので、将来の仕事に役立つ要素がきわめて少ないにもかかわらず、残念ながら、わが国では目の前の受験のことだけを考えてしまう社会の仕組みになっている。
英語を教える技術は、そうやすやすと会得できるものではない。PV法であれ、フォニックスであれ、生兵法は怪我のもとだが、JTEたちが教える対象が小中学生であるがゆえに、半端でも通用してしまう怖さがある。
しかし、英語は初期学習こそが最も大切な時期で、最初に悪い癖をつけてしまうと、それを直すのに3倍ものエネルギーを要するだろう。その逆に、初期にいい指導を受けておけば、どんな英語の場面にも対応できて、もちろん大学受験までずっと引っ張っていけると知っていただきたい。
きつい言い方を許してもらえば、本人が教わらなければならない段階の人が教えるなんて、教わる子供たちのほうが迷惑千万だが、ピアノやバイオリンのレッスンと違って、英語なら素人でも教えられるという錯覚がある。英文科出身のお母さん方はもっと謙虚になって、本物の英語の発音を学び直し、英語教育の何たるかを知り、しかるのちにお母さんパワーを発揮して、地域における英語学習をよりよい姿に築き上げてほしい。それがいちばんわが子のためになると信じて−−。