■南アフリカからの珍客?

2005.12.3(土)

 一昨日、南アフリカの出版人がわざわざ下関くんだりまで当社を訪ねてきた。英文の『錦鯉用語辞典』を当社と協同で発行したいと言う。錦鯉関連の専門用語は、ほとんど日本語だから、ぶっちゃけて言うと、手も足も出なくなって、当社にヘルプを求めてきたと読んだ。当社が世界の数十カ国で錦鯉の産業化にNGO的な動きをしてきたことを知っているからである。
 原稿はほぼできあがっていて、錦鯉界で用いる日本語の専門用語が500語余り抽出されていたが、それぞれの構成は下記のようになっていた。

(1)錦鯉の専門用語の日本語をローマ字で表記した見出し。
(2)漢字表記される語は、漢字1字ずつの原義と用語自体の意味を英文で解説。
(3)英文による用語解説。
(4)写真もしくは図版とその英文のキャプション。

 ざっと目を通したところ、(3)はほとんど問題がなかった。とりたてて新しい情報は入っていないが、過去の文献をよく調べているし、彼らなりの調査もしていた。
 (4)の写真はふさわしくなかった。当社に協力を申し入れてきた理由はその辺にありそうだ。
 (1)はヘボン式でも訓令式でもなく、アメリカ式とも違っていた。彼の母国語はアフリカンズだから、彼が話す英語には訛りがあり、オランダ語とドイツ語を話せるので、あえて言えばゲルマン式と言えるかもしれないが、それなりに統一されていて、英語話者が読んだとき、日本語の音声に近くなる表記であった。
 問題は(2)の部分で、たとえば「覆輪」は鯉の鱗の外縁(外輪)を指す言葉だが、次のような解説が添えてあった。

  覆… to cover, to conceal 〜
  輪… a circle, a wheel, to circle 〜
  覆輪… ornaments in a hilt of sword with some straps 〜

 上記の英文はなんとはなしに見た記憶だから正確でないことをお断わりしておく。漢字を個々に説明した上2行は小さい文字にして、覆輪を説明した下の行と入れ替えたほうがいいですよとアドバイスしておいた。
 覆輪とはつまり、鯉の鱗並びにおいて、魚体全体を覆う個々の外輪が網を広げたように見えて、それが刀の柄に装飾された模様と似ていることから借りてきた名称だが、西欧人の日本文化を知りたがる要求がついにここまできたかと新たな感慨を抱いた。はたして一般 の日本人でも知らない言葉の解説書が売れるだろうかと心配もした。
 漢字の説明は Jack Halpern 氏の漢英辞典を見ればわかるし、この方面では同氏の功績を称えなければならないが、さすがに覆輪については取り上げていないと思う。
 藍衣、三色(サンケ)、五色(ゴシキ)、際(キワ)、差し、二番緋、地体などなど、十分とは言えないまでも、南アさんの労を多としなければならないと感じて、人情的には手伝ってあげたい気持に駆られたが、当社に発行の意志がなければボランタリイになりかねないし、事典作りのような厄介な仕事に関わってはいけないと会社からノーが出た。
 英語のプロで錦鯉の専門用語をわかる人は皆無と見なしてよく、日本語でそれを理解する日本人は1万人前後いるだろうが、英語でわかる日本人は指を折る数しかいない。そして、その人たちは忙しすぎて、誰も南アさんの面 倒を見てあげられない。
 南アさんには江戸時代から今日までの錦鯉の改良史を4時間かけて話してあげて、お引き取り願ったが、当社がいまできる協力はそれくらいしかない。
 もはや西欧人の日本知りたがりは半端ではない。当社近刊の Bob Godin が関わった“An Introduction to Japanese Kanji Calligraphy”には漢字解説がなされているせいか、目にした外国人はたいてい購入してくれる。一方、同じ Bob Godin 著の“How to Teach English to Japanese students”は手に取っても買う青い目はほとんどいない。ドジなことに、日本人に英語を教える方法論を本気で身につけたいという気持を彼らがさらさら持っていないことを出版後に当社は気付いた。
 彼ら自身は日本語、とりわけ漢字を覚えたがるが、こんなクレージイな言葉はちいっとやそっとの努力では身につけられませんと宣告するのは残酷だから、黙って本だけ買ってもらっている。一方、英語は難しいけれど、努力すれば日本人に身につけられないものではない。

(英文鱗光部)