■ネイティブ・スピーカーは「母国語の多量な言語体験者」

2006.2.4(土)

母国語の習得過程

 人は誰であれ、自分の生活圏の中で言葉を育てます。生活圏の最小単位は家族ですが、幼児は通過言語としての「幼児語」を家庭内で体験します。
 家庭の外には地域社会がありますが、子供はやがて周囲の人たちと「会話」を交しながら、しだいに生活圏内の「方言」を身につけていきます。方言とは、限られた一定地域内で使われる言葉で、発音上の特有な訛りとか、特殊な語法や文法を持つものです。
 子供はまた、テレビやラジオから流れてくるさまざまな言葉に触れるうちに、習わなくても「標準語」と「非標準語」の違いを知り、各地域ごとに別種の方言が存在することも認知し、特別に意識しないまま「俗語」や「卑語」などを脳内に潜在化させます。
 そして学校に入ると、各学科の中で「専門語」を学ぶと同時に、国語科の授業を通して「比喩」表現や「諺」などはもとより、「古語」や「古風表現」も教わります。それと並行して、生徒は慣用的な「常套句」を自家薬籠中のものとし、また「冗談」や「駄洒落」を使って「言葉遊び」をするようになります。
 読み書きを復習した学生は、話し言葉に使う「口語」と書き言葉で用いる「文語」が異なる性質を持つことを知ります。そのかたわら、創造力豊かな若者は仲間うちだけで通じる個有の「学生語」を作り出します。その後、社会人になると、それぞれ仕事を介して職業上の専門用語をものにして、個人個人が「母国語話者」(ネイティブ・スピーカー)として自身の言語力を段階的に高めていきます。

母国語話者の諸条件

 ネイティブ・スピーカーとは、自分が生まれ育った地域で話される方言を自分語の基盤としながら、標準語にも通暁し、母国語の会話において、相手の言葉に即座に反応できる言語能力を身につけた話し手を指します。ネイティブ・スピーカーが何かを述べようとするとき、瞬間的に使用する「単語」の適不適を決めているくらいで、「音声」や「文法」については何も考えていません。考えなくても、口からぽんぽん言葉が出てきます。対話の相手はふつう目の前にいるので、用いる「文体」がふさわしいかどうかすらほとんど意識されません。
 要約すると、ネイティブ・スピーカーとは、およそ下記の諸条件を備えて、対話相手に瞬時に反応できる話し手」であると定義できます。
1、自分が育った「地域の訛り」を使えて、「標準語の発音」も理解する。
2、文を「正確な語順」で組み立てる能力がある。
3、1つの文型を数種類の「別の表現で言い換える」ことができる。
4、各言語に特有な「遺伝子的な言語規則」を身につけている。
 (日本語の“一本・二本・三本”における“本”の発音が“ポン・ホン・ボン”と変化することを日本人なら知っている。studentは数えられる名詞だから、不定冠詞の“a”を付けたり、複数形語尾の“-s”を付ける必要があるが、funは数えられない名詞だから、“a”は伴わないし、“-s”を付けないことも英語話者ならわかる)
5、年齢・性別・職業・身分などにおいて、言語上の異なる「表現の使用領域」があることを知り、それを使い分けている。
6、「豊富な語彙」を持っている。
7、個々の「単語に含まれる多様な意味」を幅広く知っている。
8、日常的な「慣用句」などを自在に使いこなせる。
9、「冗談」「洒落」「格言」「比喩」「古風な表現」などの意味がわかっている。

母国語話者に近づくには

 上記の条件に当てはめると、母国語の話し手以上に正確な標準語を使える外国人であっても、発音や文法をいちいち考えながら話したり、また非標準の言葉を知らなければ、ネイティブ・スピーカーと見なせないことになります。
 しかし、癖の強い外国人訛りでしか話せない人であっても、慣用句類を自由自在に使いこなしたり、ジョークなどを連発できる人であれば、方言話者と似たようなものだから、ネイティブ・スピーカー級の話し手であると言えます。
 ネイティブ・スピーカーとは「母国語の多量な言語体験者」のことで、外国人が彼らと同量の言葉に触れることはまず無理です。若い時代に英語圏で生活したことのない日本人が英語のネイティブ・スピーカー級になるのは非常に困難ですが、地道な努力をすれば、それに近づくことは可能です。
 言語能力はお金で買えるものではなく、運動能力と同じに、繰り返し訓練によって身につくものです。言葉は繰り返すことでのみ習得されるものゆえ、繰り返し練習を楽しむことが言語獲得への最良の近道になります。


 英語を効率よく学ぶには、PV法と音則法を利用して英語の「発音」を身につけ、チャンク(chunk)の単位で「文型」練習を繰り返し、より多くの「単語」の使用例に接していけば、英語話者に一歩近づいた英語をものにできるでしょう。

(営業部)