英単語のことならメルラインに聞け(4)/西洋人にとっての中国語

2004.11.19(金)

 ハンディタイプの英和辞典には平均して約8万の英単語が収容されています。少ない辞書でも約5万語、多い辞書では10万語を超えます。大型の3千ページ級の辞書には30万〜40万語が収録されています。
 私どもがいっしょに仕事をしている英語話者たちは、どの人もゆうに10万語は知っています。一度も使ったことのない単語であっても、正確に意味を認識します。
 メルライン・フライダさんの単語力は、とりわけ際立っています。オランダに帰ると、メルさんは田園地帯にあるお父さんの別荘にこもって、暖炉前の小さな座椅子に足を投げ出して、起きてる間はほとんど本を読んでいます。1週間に1度のペースで5キロ以上離れたスーパーに食べ物を仕入れに出掛ける程度で、biblophile(本の虫)とはメルさんのような人物を指すのでしょう。
 本好きの人はたくさんの語彙に触れるため、いきおい単語を多く知ることになります。メルさんのお父さんはオランダの有名な心理学者で、いまは引退の身ですが、最後の著書は“The Emotion”という functional phychology(機能心理学と訳すのでしょうか?)に関する本です。
 メルさんの夫人は日本人ですから、家庭では日本語オンリーです。夫人は子供たちのためにメルさんに英語を使ってもらいたいと言います。メルさんの日本語はオランダ語訛りが入るし、会話は上手とは言えませんが、読みの力量にはしばしば驚かされます。英会話が超カタコトで、英語の読む力に優れている日本人の裏返しです。
 漢字の読み方でメルさんは音訓の使い分けをしょっちゅう間違えるし、読めない字もあります。日本語話者でないのだから仕方ありませんが、それだけに校正は目を皿にしてしつこく読みます。
 「肥沃な」を意味する fertile は、「運ぶ」という意の語根の<fer> に「性質」を表わす接尾辞の<-ile>を添えた語ですが、その antonym(反対語)の infertile を「不毛な」と訳したことでメルさんから待ったがかかりました。
SN「草木の育たない土地を不毛と言うんです」
メル「子供が生まれない場合でも不毛を使えますか?」
SN「不毛でも通じますが、ふつうは“不妊の”言います」
メル「不毛では、ぼくには毛なしのハゲに見えるんだけどなあ」
 一事が万事こんな調子です。ですから、日本語の訳にメチャメチャ時間を食ってしまいます。メルさんは10カ国を学んできたので、好むと好まざるとにかかわらず、比較言語学の立場から物を言います。
 メルさんの母国語はオランダ語ですが、英語も同じ程度に使います。英・蘭の差があるとしたら、辞書を引くときくらいで、そのときオランダ語のABCをつぶやいています。
 ドイツ語とフランス語の「読み・書き・話し・聞き」はできますが、仏語のアクサングラブやドイツ語のウムラウトをよく忘れます。日本語の「王様」は「おうさま」ですが、日本人でも「おおさま」と書く人がいますが、これはその程度の間違いです。メルさんの日本語は、独・仏と同じくらいでしょう。
 イタリア語とスペイン語はラテン語を学んだおかげでわかるようになったとのことで、あまり上手に話せませんが、カタコト以上には使います。伊伊辞典や西西辞典もなんとか使っています。
 ギリシア語は学校で1年間学んだだけですが、ラテン語はふだん使っていないのに、羅和辞典でも使えます。ラテン語の複雑な語形変化を正確に覚えてはいませんが、<fer>の活用に不規則な<lat>があることなどの知識を持っているので、調べる時間がかなりセーブできます。「渡る」を意味する接頭辞の<trans->が付いたとき、transfer(乗り換える)と translate(翻訳する)になる違いを面白く聞かせてくれます。
 メルさんの10番目の言語は中国語ですが、これまで一度も経験したことのない発音の厚い壁を越えられません。「中国語はもうダメかもしれない」とギブアップぎみですが、一方で「ぼくは日本語も絶対にしゃべれないと思っていたけどね」と希望を捨てていません。日本語は音声体系が簡単ですが、西欧人にとっての中国語の発音は、日本人にとっての英語の発音と同じくらい難しいと言えます。
 メルさんが間違った発音のまま中国語を覚えようとしているので、「中国語は“ピンイン”と“四声”の基本を学ばないと決して先には進めませんよ。中国語の文法は世界一やさしいので、発音さえマスターできたら、中国語を使えるようになります」とアドバイスして差し上げましたが、発音練習って面白くないから、メルさんのキモチもわかります。