■フィリピン人はどんな英語を話すか?

2002.5.13(月)

 アメリカは移民の国ですから、いろんな英語が氾濫しています。たとえば、メキシコとの国境で軒を接する南部一帯では、母音が強く響くスペイン語なまりの英語が幅をきかせています。
 アメリカ南部は、そもそも南北戦争のときに南軍にくみした地域で、北部と一線を画すほど一徹な気性に富んでおり、いまでも南部なまりの英語が優勢であるように、そうした言葉遣いを南部人は誇りにさえ思っています。アラバマ州を舞台にした『フォレスト・ガンプ』の英語は代表的な南部言葉で、またジョージア州出身のジミー・カーター大統領は強い南部なまりで話しますが、そのためコメディアンたちの笑いのネタにされていました。
 また、ニューヨークは人種のサラダボールで、ヨーロッパをはじめ、中南米はもとより、アジア各地に併せて、数多くの少数民族のコミュニティがあって、そこではそれぞれのお国なまり英語が飛び交っています。
 とはいっても、アメリカにはGeneral American(GA)という普遍的な標準米語があり、この英語が中西部一帯で話されています。中西部は人口の密集地帯ですから、GAを話す人はアメリカ人のほぼ8割を網羅していると言ってよく、これを目安に英語の発音を学べば、標準から外れた発音もいずれわかるようになります。
 ところで、日本には日本語の発音に影響されたカタカナ英語があって、これを許容しろと主張する声が高まりつつありますが、とんでもない暴論です。
 フィリピン人、インド人、中国人、シンガポール人、台湾人など、英語の達者なアジア人を引き合いに出して、日本人のカタカナ英語許容論を展開させていますが、それぞれのお国柄の事情の違いを考慮に入れると、それが空論でしかないことが一目瞭然です。
 フィリピンはアメリカに統治されていた時代があり、上層階級の子供たちが受ける教育はタガログ語によらず、英語を使って学んでおり、アメリカの学校に留学する人も多いので、きとんとした英語を話せる人が多くいて当然です。また、フィリピンには海外への出稼ぎ労働者がたくさんいて、英会話へのニーズが高く、多数の国民がそこそこの英語を話しますが、これは下働きに必要な生活英語にほかなりません。日本に来ているフィリピンの人たちが話す日本語から類推すれば、彼らがどんな英語を話しているか、予想がつくはずです。
 インド、中国、シンガポール、香港といった国にもそれぞれの歴史的背景とお国事情がからんで、英語を話せる人が数多くいます。中国語は英語と文法が似ているし、インドは長らくイギリスの支配下にあったため、両国とも英語になじむ環境を作りやすい面があるので、英語が得意なのは当たり前かもしれません。
 ところが、日本語と英語はまるで水と油のような関係にあります。それにもかかわらず、ぼくに言わせると、日本人が英語をより日本語に近づけようと無駄な努力をしているように見えます。
 日本人はなんでも国風化するのが得意で、中国の古い文化を今日ではさも日本のオリジナルのように見せているし、西洋科学の多くが日本人の工夫で技術的発展を見せて、世界に通用する普遍的な文化・科学になっていますが、カタカナ英語だけは絶対に世界で通用しません。
 言葉は相手と交流するためのもので、英語は英語を話す人たちの間で通用している言葉ですから、日本人のほうが英語世界の事情に合わせるべきです。日本流の発音を許容するなんてとんでもない愚挙です。ぼくたち日本に住むアメリカ人は日本語の中に混じるカタカナ英語にちょっとだけなれていますが、それを英語の中で話されると、何を言っているのかさっぱりわかりません。
 個人の言葉は地域に根ざしており、家庭・学校・社会中で育まれながら完成に向かいます。言葉は教育の程度に大きく影響を受けるため、残念ながら、教養の差が生じて、それが言葉の階層を作ります。どんなアメリカ人とも対等に付き合うためには、きちんとした英語と身につける必要があるのです。
 アメリカ人と結婚して、アメリカに住むのであれば、子供が学校に通うときのことを考えて、学校の先生や他の父兄と子供の教育について語り合えるだけの英語を目指さなければなりません。しかし、皿洗いのアルバイトをするだけなら、少々発音がずれても周囲が許容してくれるし、単語の数も多くを必要としないし、ワンパターンの文型だけで過ごせます。英語話者とどういう付き合い方をするかによって、「目標とする英語」が違ってくるのです。
 あなたはどんな英語を話したいのですか?

(ラブ・オーシュリ)